スビバセン(←桂枝雀風)、今91%なんです。
読むのと訳すのはまた質の異なった作業になります。一番長いものは、前半の状況が現実の世界情勢とややリンクする部分があって、現実の映像を他意なく目にしてしまったときに、息苦しさに翻訳が進まなくなってしまった瞬間がありました。後半は単なる読者としては気軽に読めたのですが、いざ訳してみると登場人物の苦悩の底にまでシンクロしてしまい、胸が痛くてたまらなくなりました。20代後半から30代にかけてというのは、こういうことに苦しむには遅くもない年齢ですね。私はもうとっくに通り過ぎましたが。
余計なことを言ってる暇があればさっさと訳せ!と自分でも思いますが、こんなときこそ余計に寄り道をしたくなるものなんですよね。で、寄り道。今書いているもの。タイトル未定。
クローゼットを指差して、一枚選んで着るように指示した。
今度は落ち着いて眺めることができた。長い手足、細い腰と手首、無駄のない筋肉の付いた肩と背中。細すぎない腕が見た目よりも強靭なことを、おれは知っている。
エロイカはおれの仕事着の中から真っ白でごくまっとうなシャツを一枚選び出し、素肌に羽織った。おれならば絶対にやらない着方だ。前のボタンをどこまで掛けたかは、振り返ってみるまでわからない。カフを折って裏側からボタンを留めた。ほっそりした手首にそれはぴたりと合った。ジーンズのファスナーを開ける音がした。裾を細いジーンズに入れると、腰周りが余っておれの服ではないようなシルエットになった。おれの普通の白いシャツが、やつが着ると大きさに余裕があるせいでゆったりとしたドレスシャツのように優雅だった。ファスナーが上がった。やつは無言のままに身支度をした。ベルトの金具が鳴った。まだ少し湿り気の残る髪を指で梳いた。うなじが見えた。折ったせいで短めになった袖口から、二重の細い金の鎖がのぞいていた。さっきさらさらと砂の流れるような音がしていたのは、これか。
おれはエロイカが身支度を終えるのを、ベッドに身を横たえたまま、舐めるような視線で最初から最後までみつめていた。やつは気づいているのか、いないのか。体の芯がじりじりと熱くなってゆくようだった。唇が乾いた。自分の鼓動が聴こえた。おれは昨夜この体を自由にしたというのか。おれの正気やら良心やら罪悪感やらというのはよほど無駄に強靭であるらしい。なにひとつ覚えていなかった。
エロイカは振り返った。上から二つ目のボタンまでを掛けていた。妥当だ。
「じゃあ行くよ。」
泣きはらした赤い目をこちらに向けないようにして、(続く)