初回からお下品です。
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"God damn you," Eroica whispered, and turned on his heel to stalk out.
「おまえなんか死んでしまえ。」伯爵はつぶやいた。それからきびすを返し、大股で歩み去った。
"God d--- you,"を「おまえなんか死んでしまえ。」と訳したことについては、おそらくは皆さんの中にも異議がおありだろうと思います。私もこの部分が前回の翻訳の中で最も迷ったところです。そしてまだ自分なりの決定稿が出ていません。
もうひとつの選択肢は、「おまえなんか」の部分を省いて、単に「死んでしまえ。」とするもの。「おまえなんか」をつけると急激に口調が幼くなるので、こっちのほうがよさそうにも思えました。しかし、訳出はしていないのですが場面はこの後伯爵の居城に変わり、ハンカチをとっかえひっかえ泣きじゃくっている伯爵が部下のジョーンズに「ハンカチがなくなっちゃいますよ、伯爵。」とからかい半分に慰められているシーンに繋がるのです。この流れを考えると、やや幼い口調でも許容範囲なのではないかと考えました。(しかもそこでは「ハンカチ」に"handkerchiefs"ではなく口語の"hankies"という単語が使われていて、余計に可愛い!)
もっとかわいらしくするとすれば、語尾を変えて「おまえなんか死んじまえ。」というバリエーションもありえます。ただそうすると口調がかなり下世話になってしまいます。少し前の段落に、"the Earl’s elegant accent"とあるので、これは違うかなという気がしました。また、「貴様なんぞ死んでしまえ/貴様なんぞ死んじまえ」も一旦検討しましたが、それではまるで少佐のセリフのようです。
"damn"という日本語にしにくい動詞は、ほかにどう訳せる可能性があるでしょうか?前回の文章の中には、あと二箇所"d---"が出ています。
Damn you, Eroica, Klaus thought, for the thousandth time. Why did you have to be so damned perfect?
地獄へ堕ちろ、エロイカ。クラウスは心の中でつぶやいた。そうつぶやくのはもう千回目かもしれなかった。お前は何だってそう瑕ひとつなく美しい?
一つ目はごく一般的に訳しました。ここでこれを使ったがゆえに、後の伯爵のセリフに困っているともいえます。二つ目は同じ行の最後に、形容詞的に使っている部分です。perfectを形容しています。こういった場合、普通は程度を表す形容詞として現代語なら「すごい」古文なら「いみじ」にあたる訳し方をすればあたりさわりがないわけですが、実はperfectは数行前に既出で、すでに「完璧」という一般的な訳語を使っているのでもう一度は使いたくありません。ここです。
He had the perfect balance of delicately sculpted features and strong jawline and firm muscles.
精巧な彫りの造作と意志の強そうな顎が完璧なバランスを保ち、くっきりした筋肉がそれに連なっていた。
(なお、この部分の訳は語意をすべて訳出しようとしたあまりに翻訳調が強すぎて、私は気に入っていません。どうになからないかと悩んでいます。)
"d---ed perfect"=「ひどく完璧」の意訳はすんなり出ました。「瑕ひとつなく美しい」です。「璧」なのですから「瑕」という文字が連想されるのは当然のことでしょう。ね?
さてさて、それではさらにお下品な項目に進みます。
"All these years I’ve been breaking my heart over you. And how many strange men did you fuck?"
「ここ何年も、私は君の事だけを考えてずっと心を引き裂かれていた。そのあいだきみは、行きずりの男たちといったい何回やってたんだい?」
"d---"以上に訳しづらい真打が出ましたよ・・・。"f---"の登場です。これはほんとに、日本語にならない。日本語にはずばりこれに相当する動詞が存在しないからです。実は私には英語よりももう少しマシに使える外国語がひとつあり、そちらの言語だと"f---"に相当する動詞や形容詞や罵倒語や感嘆句などを、いくつも思い浮かべることができます。しかし私の母語である日本語ではそれができない。
少し前のポストでは、この単語をこう訳しました。
Somehow, the slap didn't enrage Klaus as he would have expected. He let his lip curl.
"You hit like a girl," he told Dorian.
"You fuck like one," was the prompt retort.
クラウスはあっさりとドリアンの平手打ちを避けた。とっくに予測していたからだった。彼は口の両端を持ち上げた。
「お嬢ちゃんみたいな喧嘩の売り方だな、ん?」彼はドリアンに言った。
「きみのセックスだってそうだったさ。」即座の応酬がこれだった。
このときも日本語には訳せず、結局外来語にご登場願ったわけです。困りましたね。私たちの言語はこの方面に関してなんとお上品で貧困なのでしょうか。
"how many strange men did you f---?"に戻りましょう。動詞を正確に訳すことはできません。結局は考え付く限り最も直截な単語「やる」を採用しました。しかし、この単語では伯爵が故意に言い放った、捨て鉢な品の悪さはとても伝え切れません。そこで、続くセリフを思い切って意訳することにしました。
Eroica leaned nearer. "How many?"
伯爵は体を近づけた。「何人にぶちこんだかと尋ねてるんだ。」
シンプルな"How many?"が化けました。この動詞が出たとき、私は自分の品の無さに大笑いしたくなりましたね。なんと下劣な女であろう、私は。ぶちこまれるほうの性に生まれついたくせに。まあいい。進みましょう。品の悪さはこれで十分だと考えていいでしょう。ここで振返って、その前のセリフについても、悩んだ末にやや意訳しなおしています。
"All these years I've been breaking my heart over you. And how many strange men did you fuck?"
第一稿「ここ何年も、私は君の事だけを考えてずっと心を引き裂かれていた。それできみ、行きずりの男たちと何回やったんだい?」
第二稿「ここ何年も、私は君の事だけを考えてずっと心を引き裂かれていた。そのあいだきみは、行きずりの男たちといったい何回やってたんだい?」
"And"をどう訳すかで、語尾の時制が変わってきました。原文は簡潔に前後の分をつないであり、第一稿ではそれに沿って訳しています。もっとも、直訳すれば「何人の男とやったか」という意味のはずですが、「何人の行きずりの男とやったか」では、「男」にかかる修飾辞が多すぎてセリフが冗長になるため、「何」を後ろに移動しています。「何人」よりも「何回」の方が少しでも品の悪さが出せるかもしれないという判断もありました。
原文では、前のセリフの"breaking my heart over you"という甘く切ない告白のあとに、唐突に最低の表現が吐き出される落差が見事です。その唐突さを"And"という単純な接続詞がよく表現していると感じるのですが、日本語に訳した際には後半がそれほどショッキングにならないゆえに、そのまま訳すとなんのひねりも無くなってしまいます。そこで、原文では現在完了と過去と異なるふたつの時制の文章を、訳文の「そのあいだきみは」で強引に重ね合わせ、「(私が)心を引き裂かれていた間に(きみは)何回やっていたのか」と、より鮮やかな対比を強調できるように訳し直しました。その第二稿が私の決定稿です。この後に続くセリフと合わせ、現時点での私の翻訳技術においてベストの結果であり、満足しています。
ここに紹介したパラグラフを含むファンフィクに関しては、もうすこし私の翻訳の腕が上がってから、満を持して取り掛かろうと考えております。
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