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このサイトについて: 私自身が30年来のファンであり、また海外のslash fandomの一角で80年代から現在に至るまでカルト的な人気を擁する、「エロイカより愛をこめて(From Eroica with Love)」を題材とした、英語での厖大な二次創作群を紹介・翻訳しています。サイト管理者には原作者の著作権を侵害する意図は全く無く、またこのサイトにより金銭的な利益を享受するものでもありません。「エロイカより愛をこめて」は青池保子氏による漫画作品であり、著作権は青池氏に帰属します。私たちファンはおのおのが、登場人物たちが自分のものだったらいいなと夢想していますが、残念ながらそうではありません。ただ美しい夢をお借りしているのみです。

注意事項:
 原作の内容を大幅に逸脱し、男性間の性愛を主題にした明らかに性的な内容を含みます。不快感を覚える方は画面をお閉じ頂けるよう、お願い申し上げます。

2011/08/12

それでは、これはなんでしょう?

   
【あらすじ】フォン・デム・エーベルバッハ少佐がドリアン・レッド・グローリア伯爵は東側のスパイではないかと疑っていたある日、NATOに届いた脅迫状は少佐の秘密-不特定の男性たちと行きずりの情事を重ねていた事実-を暴いた。少佐は左遷され、暗に辞任をほのめかされながら、不本意なデスクワークの日々を送ることになった。


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はっきり言ってしまえば、昼食の行きつけの店にエロイカが姿を見せたとき、少佐は驚愕のあまり彼を直視することもできなかったのだった。

伯爵がまっすぐこちらに向かってくるのを見て、少佐は昼食の皿を向こうへ押しやった。たとえ揚げたジャガイモであろうが、これ以上飲み込む気になれないことはわかっていた。彼はもう伯爵のほうを見なかった。だが視界の隅で、泥棒野郎がウェイターの案内を無視するのが見えた。

エロイカが混雑するレストランを故意に横切ったため、常連たちはその切羽詰った様子に気づき、好奇心を持ってその男を見つめた。このくそったれときたら、人目を引くことを何一つ気にしていなかった。誰が見ていようと。もし少佐が彼に誘われるたびに雄叫びをあげて拒否していなければ、少佐の秘密は何年も前に明るみに出て、軍人としてのキャリアをとうに失っていたことだろう。

彼がテーブルの脇まで来て少佐を見下ろしたとき、少佐は煙草に火をつけてライターをポケットに落とし、それからこの八年間自分を口説き続けてきた男の顔を見上げた。

伯爵はやはり美しかった。そして少佐はいつもの通り彼の美貌に魅せられた。精巧な彫りの造作と意志の強そうな顎が完璧なバランスを保ち、くっきりした筋肉がそれに連なっていた。なぜ信頼できる相手こそが、この美しさを備えていなかったのだろうか。

そして再び考えた。なぜ俺は禁じられた相手にしか欲望を感じないのか。

地獄へ堕ちろ、エロイカ。クラウスは心の中でつぶやいた。そうつぶやくのはもう千回目かもしれなかった。お前は何だってそう瑕ひとつなく美しい?

この呪うべき泥棒野郎はここへ何をしに来たんだ?ああ、たぶんこう考えたらしいな。もうひと押しで鉄のクラウスはエロイカに陥落する。あとは壁の向こうのおしゃべり雀どもの噂どおり、泥棒のベッドでぺらぺらと国家機密をしゃべり散らすというわけだ。

だが、伯爵の美しい顔は奇妙なほどに無表情だった。いつもの不埒な振る舞いも、嘘の涙も、偽りの同情すらもなかった。断言すれば、それは少佐が今まで見た中で最も真面目で真摯な表情だった。

伯爵は少佐を奇妙な激情とともに見つめた。少佐は冷たく見返した。必然的な申し出を、すげなく拒否する心積もりで。

「そう、もう何年もの間、」伯爵が沈黙を破った。「きみにはわかっていたんだ。きみが私と同じなんだということを。」

ほかのテーブルで食事中の客たちが、目を丸くして意味ありげな視線を交わした。少佐は赤面せざるを得なかった。反駁しようかとも考えた。自分はその性癖において特殊なのかもしれなかったが、その他のことでエロイカとのいかなる共通点も無いはずだった。だが、そのことをこのけしからん泥棒と言い争っても仕方がない。少佐は黙り込んだ。

「ここ何年も、私は君の事だけを考えてずっと心を引き裂かれていた。そのあいだきみは、行きずりの男たちといったい何回やってたんだい?」

その品の無い表現が、伯爵の上品なアクセントにあまりにも似つかわしくなかった。少佐は黙ったまま伯爵を見つめた。

伯爵は体を近づけた。「何人にぶちこんだかと尋ねてるんだ。」

周囲が息を押し殺したまま聞き耳を立てていた。

「おまえほど多くはないだろうさ。」少佐は静かに答えた。

ゆっくりと、伯爵は少佐の目の前にあったビールのマグを取り上げた。少佐にはそれを取りもどすのに十分な余裕があったはずだが、そうしなかった。その代わり、たったひとつの身じろぎもせず、伯爵がそのマグの中身を少佐の顔にぶちまけるあいだ、ただ黙ってまぶたを閉じるにとどめた。そして目をひらき、再び伯爵を見つめた。彼の手はテーブルに載せられたままだった。彼は口を開かなかった。

伯爵の瞳は涙でいっぱいに光っていた。ああ、こいつはいつも見事な役者だったなと、少佐は苦い痛みとともに考えた。

「おまえなんか死んでしまえ。」伯爵はつぶやいた。それからきびすを返し、大股で歩み去った。

それは少佐の生涯において最もいたたまれなかった瞬間だった。

それから、さも何事も起こらなかったかのように少佐はナプキンで顔のビールを丁寧に拭い、勘定とチップに十分な額をテーブルに置いて立ち上がった。ここに顔を出すことはもう二度と無いだろう。彼がドアを開けるまで、他の食事客は誰も口を開かなかった。

少佐はまず屋敷に戻り、シャワーを浴びて服を着替えた。職場に戻ってビールの匂いを振りまきながら働く気は無く、鉄のクラウスが酒に溺れて いるという噂がたつことだけが、今や彼が必要とするすべてだった。それでも、職場に戻るためには鉄のクラウスの鉄の意志のすべてを必要とした。だが彼は何がどうあろうと辞表を出すつもりはなかった。NATOを去るつもりは無い。解雇されるか、転属させられるまでは。

1 件のコメント:

  1. kisaragi fujiko2011/08/12 3:11:00

    これは話が見えないけど、なんだかとても面白いです。
    強気な伯爵が好きー
    おまえなんか死んでしまえー
    言われてみたい!(?)

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