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このサイトについて: 私自身が30年来のファンであり、また海外のslash fandomの一角で80年代から現在に至るまでカルト的な人気を擁する、「エロイカより愛をこめて(From Eroica with Love)」を題材とした、英語での厖大な二次創作群を紹介・翻訳しています。サイト管理者には原作者の著作権を侵害する意図は全く無く、またこのサイトにより金銭的な利益を享受するものでもありません。「エロイカより愛をこめて」は青池保子氏による漫画作品であり、著作権は青池氏に帰属します。私たちファンはおのおのが、登場人物たちが自分のものだったらいいなと夢想していますが、残念ながらそうではありません。ただ美しい夢をお借りしているのみです。

注意事項:
 原作の内容を大幅に逸脱し、男性間の性愛を主題にした明らかに性的な内容を含みます。不快感を覚える方は画面をお閉じ頂けるよう、お願い申し上げます。

2011/08/15

【海外フィク翻訳】Even the Clouds Weep - by Margaret Price

    
Even the Clouds Weep
by Margaret Price
Fried Potatoes com - Even the Clouds Weep 
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著者によるメモ: 

着想:彼らだって、20代のころのように走り回るにはすこし歳を取ってきたのでは?そして公然とゲイを名乗るドリアンが、エイズの時代に生きつつあります。それから私は、Jay Tryfanstoneの"Crossing the Lines"を読み、そして車輪が回転を始めたのです... 

本作は、私が作品の中では初めての、クロスオーバーではない純粋なエロイカフィクであり、2005年9月の作品です。また、私の第四十番目の物語としてFried-Potatoesに発表された作品でもあります。そしてこれが最後の作品にならないこともまた、明らかでしょう。 

*ジェイに感謝を捧げます。彼は私が彼の物語の中からいくつものアイデアを拾い上げて活用することに、許可を与えてくれました。


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雨だ。

イングランドではなぜいつも雨なのか。

俺がこの国を嫌うのも無理はない。

クラウスは混雑した駐車場にスペースを見つけ、急速に暗くなりつつある空を見上げながらエンジンを切った。午後遅くだったが、厚い雲のせいでまるで夜のように空が暗くなった。小雨だったが、すぐにそのままでは済まなくなりそうな空模様だった。遠方ではすでに稲妻が瞬き、そして彼の感じた不吉な予感を強調するかのように、雷鳴がとどろいた。

彼は車から出る前に彼のタバコを吸い終えた。喫煙は禁止されている。だからといって今までだって吸うべきだったというわけでもなかったのだ。いまいましい医者だ。彼の医師は今イギリス海峡の反対側にいる。少しぐらいは構うまい。

医師のことをを思い出し、クラウスは目の前の建物を見上げた。病院。彼は何百マイルかの距離を何時間かかけて旅をし、たった今ここに辿り着いたのだった。彼はこの旅のきっかけとなった電話を思い出していた。

「お邪魔して申し訳ありません、エーベルバッハ大将。他にご連絡すべき方に思い当たらなかったもので。」

クラウスは、その声が誰であるか思い出すまでに、しばらく考える必要があった。ボーナム。グローリア伯爵の執事であり、右腕であった男だ。彼と最後に話をしたのがいつであったか、クラウスには思い出すことができなかった。そして彼は黙ったまま、ドリアンに関する話に聞き入った。

「それで、予後はどうなんだ?」彼は、それが気なって仕方がないことに自分でも驚きながら尋ねた。「やつはどこにいるんだ?」自分でもさらに驚いたことに、彼はすぐに旅の手配を整え、執事にスーツケースを準備するよう命じ、次のフライトでロンドンに飛んだのだった。ホテルを予約する時間すら惜しんだまま。

クラウスは建物に入り、灯りのまぶしさに目を細めながら、コートについた霧雨の水滴を払い落とした。彼が唇の形だけを会釈の形にしながら大股で受付へ向かうと、受付の制服を着た男は背筋を伸ばして座りなおした。私服姿ですら、ドイツ軍人の挙措は、それがただものではないと知れるようだった。

そして今とうとう、クラウスは正しくその階の、正しくその部屋の前で、正しく閉じたドアに向かって立ちすくんでいた。俺はいったいここで何をしてるんだ?彼はただちに背を向けて、ドイツに戻りたくなった。そしてすべてを忘れる。イギリスになど来なかったふりをする。しかし、それは臆病者のやり方だろう。そして、鉄のクラウスを臆病者と呼べるものは誰もないはずだった。

ドアのそばには掲示があり、訪問者は看護婦の詰め所で登録をする必要があるようだった。また、ドアには面会謝絶の札が下がっていた。クラウスはどちらも無視した。鉄のクラウスがつまらん規則になぞ縛られたことはない。彼は静かに扉を押し、中に入った。部屋の灯かりはついておらず、厚くなりつつある嵐の雲が、さらに部屋を暗く曇らせていた。

彼は、その部屋の飾り気のなさに一瞬唖然とした。彼はそこが、大量の花と、巨大なぬいぐるみと風船と、とにかく色とりどりで派手なものでいっぱいだろうと思い込んでいたのだ。だが彼の思い込みに反し、そこにあるのは見舞いのカードの束と、籠いっぱいの未開封のカードだけだった。花瓶に生けられた花は萎れきっており、明らかに水を替えられていないようだった。部屋はドアの札の言葉の通りに叫び声を上げていた。私を一人にしてくれ!、と。

クラウスは部屋に足を踏み入れ、ベッドに横たわって窓の外に降り始めた雨を見つめている男に目を落とした。そしてもう一度凝然とした。チューブとワイヤーが、その男の体のあちこちに差し込まれていた。かつて彼が知る限りは最も健康的でたくましかった男は、今驚くほど脆弱に見えた。病が、彼の堅牢さを明らかに掘り崩してしまっていた。ドリアン・レッド・グローリア。グローリア伯爵。変態。気障。レースとフリルのダンディ。彼は今、間違いなく絹地ではあったが驚くほど実用本位の、​地味な色合いのパジャマを着て横たわっていた。彼のブロンドの髪はざっくりと三つ編みにまとめられ、リボンやレースといういつもの装いではなく、シンプルなバンドで縛られていた。

クラウスは、伯爵の髪が記憶のままの長さであることを見て取った。驚いたことに、彼が覚えていた通りだった。クラウス自身は、髪を彼自身の好みよりもかなり短くしていた。少将職への昇進が内定した際に、肩の長さまでの髪が職位には不適切であると認め、それを切ることにしぶしぶ同意したのだった。そのときですら、上層部が希望したほどには短くはしなかったのだが。退役が決まった今となっては、彼は髪を元の長さまで切らずにおくつもりだった。伯爵のブロンドの巻き毛にときおり混ざる白いものは、明らかに彼の病気のストレスによってもたらされたものだったが、伯爵とはちがい、クラウス自身の黒い髪ははっきりと年齢の兆しを示していた。それはこめかみに混じる白いものから始まったが、今ではグレーの縞があちらこちらで見えるようになり始めていた。

いつ俺たちは老いたのだろう?彼は思った。いつそれが起こったのか?この変態がどこへ行っても自分にちょっかいをかけていた日々は、まるで昨日のことのように思えるのに。あらゆる機会をとらえて俺に干渉し続け、しかも明らかに常に毎度それをにやにやと楽しんでいやがったのに。こいつは常にそうやって人生を謳歌していた。ある日、向こうへ行けと、立ち去れと、千回目の憎まれ口をやつに叩いた。するとこいつは実際にそうしたのだった。そして今ここ、病院のベッドにこいつは横たわっている。ベッド脇に立っているのは老いぼれて疲れ果てた兵士の成れの果てだ。しかもそいつは、自分が何でこんなところに立っているのかを自問していやがる。

クラウスは、自分のまだ豊かな髪をかき上げて、なぜ伯爵のの虚栄心がその金髪に混ざる白いものを隠そうとしないのかいぶかしく思った。鉄のクラウスが髪を染めるなどということは金輪際ありえないが、彼が唯一自分の虚栄心を認めるとすれば、エーベルバッハ家の男性の大多数にとって悩みの種だった、生え際の後退が彼には起こらなかったことを、彼がまんざらでもなく思っているという事実だけだった。この件に関する彼より年下の、しかしすでに禿げ上がっている親族たちからのやっかみの言葉は、実のところ不愉快なものではなかった。彼はそのこと思い出して低い含み笑いをもらし、それがようやく自分の存在を、部屋の向こう側の人間に気づかせることになった。

「誰であろうと、ここを立ち去ってくれないか。私を心静かなままにしておいてくれないか?」ドリアンは、こちらを向くことすらしないまま、静かに言った。彼の声は疲れていて、言葉の端々に苦みを帯びた鋭い諦めの口調があった。

「それはずっと俺のセリフだったな。」

ドリアンは、ほとんど跳び上がりそうになった。かつて聞き慣れた声。紛れもないドイツ語の訛り。彼は頭を巡らせて、部屋の暗闇に浮かぶ姿を見ようとした。「誰なんだい?」彼は、可能な限り詰問するような口調で尋ねた。「きみが誰であろうと、それほど面白がる気にはなれないね。」

クラウスはベッドへ近づいた。突然の稲妻が彼の顔を照らした。「俺にはユーモアのセンスはないんじゃなかったのか?」彼は落ち着いた声で言った。

「クラウス...?」ドリアンは上体を起こし、まるで彼が幽霊であるかのようにベッドサイドに立つ彼を凝視した。「なんてことだ…。」彼は茫然として片手を髪にやった。腕のチューブが目に入り、我に返った彼の衝撃と喜びは、怒りに変わった。「いったい何だってこんなところにまで顔を出したんだい?きみが私を嘲笑いになんかこなければ、私は心安らかに死ねたのに。」

クラウスはややこわばった。「俺はおまえを嘲笑いにここまできたのではない。」

「笑いに来たんじゃないって?」ドリアンはまだかなりそれを真に受けることができず、なんとか考えをまとめようとした。「じゃあ、何をしにここまで来たって言うんだい?」

「俺には・・・俺にもわからん。」

ドリアンは口を開きかけ、またそれを閉じた。雷鳴だけが鳴り響いていた。その困惑した表情は、他の状況であれば笑えるものだっただろう。「きみはドイツからはるばるやってきた。もう誰にもわからないぐらい何年もたってから。そしてきみは何故来たのかわからないと言う。」

クラウスは、腕にかけていた濡れたコートを椅子の背に投げ、それから自分も椅子に座った。「ボーナムが俺に電話をよこした。」彼は静かに語りはじめた。

ドリアンは目を閉じた。「それじゃあ、彼はきみに言ったんだね…」

「そのとおりだ。クラウスは、続きを言う前に少し言いよどんだ。「それから、おまえの診断書も見せてもらった。」

ドリアンは、いったい何年間そうだったのか、もう数え上げるのもばかばかしくなるぐらい愛していた男の顔を見た。そしてとうとうあきらめた男。あらゆる機会において自分を怒鳴りつけ、数え切れないぐらい何度も死にそうな目に合わせた男。「きみは私が死ぬところを見にきたのかい?エーベルバッハ大将?」

「なぜ?自殺でもするつもりなのか?」クラウスは嘲るように答えた。

ドリアンは何かぶつけてやれるものがあればと思った。「くそったれのクラウス!私はもうすぐ死ぬんだよ!」

「ああ、そうだな。」クラウスは同意した。ドリアンが痛烈な反発をしてくる前に、クラウスは付け足した。「おまえの主治医は少なくともあと15年は生きられると言っとるぞ。厳格な食事制限をすれば、もしかすると20年。」

「ああ、とても面白いね。」

「おまえはもうすぐ死ぬわけではない。馬鹿者。」

「私は癌なんだ!」

「癌だった、だ。」クラウスは鋭く修正した。「そしてそれを切除する手術を受けた。結果は良性。報告書にはそうあった。自分自身を気の毒がってめそめそそこに横たわっている暇があったくせに、ちゃんと読まなかったのか?」

「黙ってろ!皮の厚いプロイセンの豚喰い野郎!」

小さな笑みが、クラウスの口の端をぴくりと動かした。彼は腕を組んで、椅子の背にもたれかかった。「おまえは正しかったな。俺はおまえを嘲笑うためにここまで来たのさ。」

「くそったれの偽善者め。」

「堕落した同性愛者が。」

「ろくでなしのドイツ野郎。」

「大英帝国の変態男。」

「うすのろ。」

「ド気障。」

ドリアンは、もっといい悪罵をひねり出すのに苦労した。

「馬鹿者。」笑顔が再びクラウスの顔をぴくりとさせた。「おまえの負けだ。」

「くそっ、頭がうまく回らないんだよ。」

驚いたことに、クラウスは実際に笑い始めた。彼がこんな風に笑うのを聞いたことがなかったと、ドリアンは確信をこめて言うことができた。彼はその時々に応じて、冷笑、嘲笑の忍び笑い、さらには含み笑いを漏らすことはあった。しかし、こんなふうに楽しそうに笑うことは決してなかった。

「なんてことだ。鉄のクラウスが笑えるなんて。」彼は驚嘆した。それから彼は、自分が言ったことのあまりの馬鹿馬鹿しさに、自分でも笑い出した。笑うと痛みを感じたが、それでも気分がよかった。最後に笑ってから、もうずいぶんたっていた。この病気の診断を下されるよりも、実のところもっとずっと以前から。

「そうだ。鉄のクラウスだって笑えるさ。」ドイツ人は同意した。そのことに彼自身は幾分苛立たしく思っていたものの。言いたかったことが山のようにあるはずだったが、どう切り出していいか全くわからなかった。そしてまた、今なぜそれを伝えたいのかすら、まったくわからないのだった。

「それで、きみがここにいる理由、それは?私を笑わせるためかい?私が死にかけていることを忘れさせるため?」

「ドリアン・・・」

「ああ、なんてことだろう。私は本当に死にかけているんだ!」ドリアンは叫んだ。「そしてそれが、きみが初めて私を名前で呼ぶきっかけだなんて。」

「いや、そうじゃない。」クラウスは鋭く言った。彼は、話し出す前に深く息を吸った。「俺の医者はおまえの医者よりも楽観的だ。」

ベッドの男はしかめつらを返した。「私のことをきみの医者に相談したのかい?」

「いや。俺のことだ。」

ドリアンは瞬きをして口を開いた。「何を言ってるんだい?」クラウスは真面目な顔でドリアンを見かえしただけだった。「きみが、死ぬような病気なのかい?」

クラウスはうなずいた。「そのとおりだ。」

ドリアンは驚きの余り黙りこみ、クラウスから目を離せないままでいた。彼はクラウスをよく理解していなかったのかもしれなかった。誓ってもいいが、このドイツ人は自己憐憫に浸ることをやめさせようと、ドリアンをからかっているにちがいない。「私には...」彼はそれを事実だと受けることができずに、再び片手を頭にやった。「きみ、いったい何を・・・。ああ、こんちくしょう、薬のせいで頭が回らないんだ!」

クラウスはドリアンが青い目を大きく見開いて自分を見つめているのを感じ、椅子の中で苛立ちに身じろぎをした。そんなふうに俺を見るなと怒鳴りつけないでいるためには、自分を押さえつけなければならなかった。だが今さらどんな違いがある?「俺は、NATOを退役した。」

「知ってるさ。思い出してくれるかな?きみに花を送ったよ。」

クラウスは大きくため息をついた。忘れられるはずもなかった。彼のオフィスに現れたのは巨大な怪物じみた花のかたまりで、金の型押し文字で"GOOD LUCK"と書かれた旗が立っていた。それは建物の中にすら持ち込ませず、目にするなり焼却処分を命じたはずだった。むしろ葬式向きの代物だった。

クラウスは、なにか訊きたげな顔のドリアンを見つめた。「ボーナムが電話をよこして、俺に告げた。」彼はまたそこで行き詰った。どう話をしていいのか本当にわからなかった。

「そう、それから・・・」

「それから...」クラウスの心が突然また叫び声を上げた。俺はこんなところで何をしているんだ?こんなことになってしまった後で、いまさら何かをやり直せるとでも思っているのか?「これは間違いだ。」彼はいきなりそう口走り、はじかれたように立ち上がってコートをひったくった。「俺は来るべきじゃなかったんだ。」

ドリアンは枕にもたれかかった。怒りが彼の表情に表れた。「わかったよ。きみの病状は私よりひどい、そういうことだね?それできみは今からドイツに戻り、ちっぽけな兵士のように死を迎えると。そういうわけだ。」彼はいまいましげにそう吐き捨てた。

クラウスは引き返した。目がぎらぎらしていた。彼はベッドの男をにらみつけながら立っていたが、自分にそれが言えるとは思えなかった。

「続けろよ。さっさと言っちまえよ、このろくでなし。」

クラウスは、深く息をついた。しかし彼の返事は、ドリアンが覚悟していたものではなかった。彼は低い声で言った、「俺は怖いんだ。」

ドリアンは口がをぽかんと開けた。彼は驚きとともに見つめた。今聞いたことをまともに受けとることができなかった。「何て・・・?」彼はひょっとすると自分の頭がおかしくなったのかと考えた。飲んでいる薬のせいか、もしかすると世界がちょうど上下逆さまになっているせいかで。「ええい、くそっ。何て言ったらいいんだ...」彼は深く息を吸い込み、考えをまとめようとした。「クラウス、きみいったい、私がどう返事すると思ってそんなことを言うんだ?」

「俺にもわからん。」クラウスは再び座りこむと、膝の上にコートを置いてそう認めた。「ボーナムが電話をよこしたとき、俺は、もっと早く来るべきだったと・・・」彼はまたそこで口ごもり、窓の外の荒れ狂う嵐に視線を転じた。しばらくたって、彼は静かに言った。「俺はおまえのことがわからない。なぜおまえはあんなに何年も俺を追いかけていたんだ?」

「きみを愛していたからだよ、馬鹿なドイツ人。」今にもこぼれ落ちそうな涙を食い止めようと闘いながら、ドリアンは答えた。「そして今でもきみを愛している。そのことはきみに、もう数え切れないぐらい何度も伝えたよ。」

「ああ、その通りだ。俺にはそれでもまだわからんのだ。」クラウスはやはり雨を見つめたまま言葉を押し出した。彼を見つめている大きな青い目を避けたほうが、話を続けやすかった。「そしてこの先それを理解できるかどうかすら、おれには約束できん。俺は、お前に報いることができるかどうかすら約束できんのだ。」

ドリアンは心臓が止まりそうになるのを感じた。彼が『報いる』と言う言葉を使った?「きみはいったい何をいっているんだい・・・?」彼は慎重に尋ねた。

「俺が言っているのは...」クラウスは言葉を切った。彼はそこで大きく見開かれた青い瞳を正視するように、自分自身に強いなければならなかった。今まで口に出すことになると考えたことも無かった言葉を、喉からしぼりださねばならなかった。それはドリアンが今まで予想したことも無かった言葉だった。「俺は一人では死にたくない。」彼は再び言葉を切った。"「俺が言っているのは...俺が頼んでいるのは...ドリアン、おまえ、俺と・・・」彼は目を閉じた。言葉そこまで出掛かっていた。彼はただそれを口にすることができなかったのだった。

「きみは、私にいっしょにいてほしいと?」ドリアンは信じられない思いで尋ねた。

クラウスは、彼を見るのを恐れるようにうなずいた。そんなことをしたら自分が何をしでかすか判らないとでも言うように。何を口にするか判らなかった。その言葉について考えることさえ難しかったが。

水を打ったような静けさは、ドリアンの一言で破られた。「なぜ、私なんだい?一体全体どうして?」

クラウスには、いずれはそれを訊かれるだろうと判っていた。彼はそれを恐れてすらいた。彼は長い間押し黙っていた。それから、とうとう認めた。「おまえだけだからだ。今まで俺を気にかけた、俺が気にかかった、唯一の人間だからだ。彼は自分を奮い立たせ、深呼吸をしてこれまですべての中で最も彼に似つかわしくない一言を吐いた。「・・・頼む。」

その一言がドリアンを揺り動かし、ついに涙を決壊させた。彼はクラウスがついた深いため息を聞き、クラウスが自分の感情的な表現に苛立っていることを知って、いつもの非難と断固たる叱責を待った。だが何も起こらなかった。ドイツ人が突然手にティッシュの箱をもって彼に寄ってきたとき、ドリアンはほとんど口から心臓が跳び出そうに感じた。

ドリアンは苦労して体勢を立て直し、箱からティッシュを何枚か引き抜くと、急いで涙を拭った。これまでは、自分でそれを引き抜き、自分で気持ちを落ち着けようとしていたのだった。

「長居をしすぎたようだ。」クラウスは静かに言った。

「だめだ、行かないでくれ。お願いだ、行かないでくれ!今はだめだ。」ドリアンは、腕を伸ばし、クラウスをつかんだ。

クラウスは驚いてティッシュの箱を取り落とし、反射的に拳を握り締めた。彼の全身は、予想外の肉体的な接触に反応して硬直していた。それから彼はドリアンもまた身体の緊張させていることを感じた。彼は明らかに自分が間違ったことをしたと認識していて、次に起こることを考えて身を硬くしているのだった。クラウスは見下ろした。ドリアンはとても痩せて、脆弱になっていた。こいつを真っ二つにしてやるのも簡単そうだった。もし数ヶ月前、クラウスが健康だったころなら・・・。

驚いたことに、クラウスはドリアンを殴らず、言葉の暴力も浴びせなかった。そればかりか、自分を掴んだドリアンの手をはずそうともしなかった。彼はただそこに立ち、ドリアンが彼にすがりつくままにしていた。神よ!夢なら覚めないでくれ!

「お前が入院しているときに、こんなことを言いに来るべきではなかった。」クラウスは穏やかに言った。彼の目は、またもや嵐を見つめたままだった。鉄のクラウスにとては、これは謝罪に等しかった。

「ああ、こんなところにいるなんて。」ドリアンは涙を拭った。「きみが私と過ごしたいなら、私はそうするよ。」彼らの視線がぶつかり、そしてすぐに離れた。「世界のどこまでも付いてゆくよ。ドイツまでなんて、ほんのそこまでのお出かけじゃないか?山の空気は私の健康にいいんだよ。きっと。」それから彼は、世界中がひっくり返ったに違いないことを確信した。クラウスがドリアンの宣言を聞いて目を閉じ、一粒の涙を流したのだった。鉄のクラウスは笑うことができるだけではなく、また泣くこともできるのだった。

何を口に出せると思えず、ドリアンもまた沈黙のまま窓の外の嵐を見つめた。彼は、クラウスには後どのくらいの時間が残されているのか考え、そしてまたその答えを知ることを恐れた。

彼はただベッドの上に身を起こして愛する男の腕に身を預けていた。雨雲さえ、喜びのほろ苦い涙を流しているのかと思えた。「きみはまだ、ここへ来たのは間違いだったと思うかい?」

「俺にはわからん。」

ドリアンは、クラウスの胸に顔をうずめた。「君が来てくれて、私はうれしいよ。」彼がしがみついていた腕がそっと引き抜かれるのを感じ、ドリアンは自分が間違ったことを言ったと確信した。引き抜かれた手はしかし、静かにドリアンのの肩を包み込んだ。

「…俺もだ。」
   
   
END  

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